【波動エネルギーを 心身の健康と運勢に生かす】SE研究所  穂苅秀郎

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3つの時代を経験し、これからの「時代」を考える

今回のWiLLのテーマは時代です。
私も昭和、平成、令和と三つの時代を経験してきました。
過去を振り返りますと、改めて世の中の変化に驚きを覚えます。

戦後の復興を経て、高度成長期がありました。私が生まれたのは、丁度その頃でした。
父は終戦後に材木屋を始めたのですが、そのきっかけとなったのは、
「戦後復興には、木材、そして紙の原料であるパルプが不足している。君、材木屋を始めなさい。」
という、当時父が世話になっていた恩師の言葉だったそうです。

そして事業はグングンと伸び続けて、一時は長野県内でも有数の企業となるまで成長しました。
当時の材木屋は花形産業の一つだったそうです。

ところで私の幼少期は、まだ国道も舗装されていなく、時折馬が荷物を運んでいる光景もありました。
当時の材木を運ぶトラックは、三輪車でした。クランクというのでしょうか、トラックのエンジンをかける時は、
ボンネットの先端にクランクの棒を入れる穴があり、そこに突っ込んで、手で回しながらエンジンをかけていました。

父は原付クラスのオートバイで、仕事に出かけていました。
まもなくして、我が家にスバル360がやってきました。
とても小さな軽自動車です。

テントウ虫と呼ばれていました。
あんなに小さくて、やっと人が座れる車なのに、まだ幼かった双子の姉と後部座席に三人で座り、一家五人で上高地までドライブに出かけていました。
幼少期の記憶ではありますが、思い出すと何ともいえない幸福感で心が満たされていきます。

しかし世の中は、次第に大変な時期を迎えます。
高度成長期では、製品を作り出す能力は世界のどこよりも長けていました。
反面、「エコノミック・アニマル」とも酷評されていました。
物作りは優秀でも、決して世界から尊敬されてはいなかったのです。

当時は心を大事にするという発想はなく、お金の力や大量生産、大量消費が優先される時代でした。
世界から敬遠されていた背景には、このこともあったのだと思います。
その価値観や思想は、日本社会に大きな歪みをもたらしました。

公害による環境汚染は当たり前の時代です。
工業地帯から排出される煙は凄まじく、いつもどんよりとした空でした。工業用水は垂れ流されっ放しです。

その結果が水銀中毒などをはじめとした、数々の公害病の発生でした。
また、安保反対による学生運動、特に過激派の暴徒化は凄まじいものがありました。
国営企業を筆頭としての労使の対立、大規模なストライキなど、大きな社会問題も抱えていました。

この時代は、まさしく闘争と破壊の時代でした。
そして、その後のオイルショックでの経済の落ち込み。
しかしそれらを乗り越え、日本は世界に、トップブランドとして成り上がってきました。

そして平成に移り、アナログからデジタルへと大変化をしていきます。
読み書きは、エクセル、ワードへと変わっていきます。
音楽はレコードから、カセットテープ、そしてMDを経てCD、そしてメモリーカードへと記憶媒体も次々と代わってきました。
映像もしかりです。

そうこうしているうちに、インターネットという、摩訶不思議なものが現れてきました。
それとともに、音楽も、映像も、文字も、ありとあらゆる情報が、手元に保管する必要もなく、形のない電子空間に記憶されるようになりました。
そのお陰で私たちは、必要とあれば欲しい情報を自由に取り出すことが出来るようになりました。

昭和の時代までは、機械文明を主体としたアナログの世界でした。
平成になるとデジタル化により、学校で習う歴史上では、人類史上初めての、電脳仮想空間が作り出されました。
私たちの人生への価値観も徐々に変化し、「物」から「心」「個」というものを真正面から捉える時代へと変化してきました。

それと共に、目に見えない世界への関心も、一般的になりつつあります。
それは量子学という分野で科学として、今後も徐々に解明されていくでしょう。
平成時代は物心共に、大きな変化を遂げた時代だったと思います。

そして早くも令和3年です。
それらの動きは大きく加速していくことでしょう。
今後更に、想像を超えた進化が遂げられていくことでしょう。

私も行っている波動改善技術も、昔でしたらオカルトの世界に見られていたと思います。
昔から求めていたこの世界の追求も、自分なりに理論付け、実践することで徐々に現実の形となってきました。

そして、特定な人しか出来なかったものが、誰もができる技術となってきたのです。
世の中も、目に見えない世界への関心が高まって行くことでしょう。
その流れに合わせて、私自身もどこまで進化できるのか、それを楽しみにして今を生きています。


SE研究所  穂苅秀郎
1957年松本市生まれ、長野市在住。幼少より目に見えない世界、不思議な世界に興味があり、やがて高橋信次氏の著書に出会い、あるべき人間の姿の真髄と、目に見えない世界を読み解く世界に触れて大きな衝撃を受ける。以来、心の正しさと、波動を高める探求を続ける中でダウジングによる波動測定、波動改善技術を確立し、2005年にSE研究所を設立、現在に至る。上越を始め長野、東京、全国各地で「心と波動の勉強会」を開講。また個人相談も行い、多くの人々を悩みの解決へと導く。穏やかで愛情溢れる波動測定、改善技術には定評がある。