さてさて、フールくんはいったいどこに行ったのでしょう?
この世はフラクタルな次元の重なり合い。いわゆるパラレルワールドとしか言いようがないですね。人間には見えない不思議次元に飛んで行きました。
・・・って、え?ありえない?
まぁ確かに、万人の感覚器官で認識している世界から消えてしまうなんて、人間にはありえないこと。
だけどほら、頭の中に描けているならそこにあるわけじゃないですか。そもそも神さまの世界というのはそういうものです。あると思う人の頭の中にはあるし、ないと思う人の頭の中にはない。つまりここも、そういう神さまの世界です。
この世界に飛んできたということは、つまりフールくんは神話世界の仲間なのですね。ウィルさんは人間なので、結界を開くことはできてもそこから入ることはできないようです。
それで、彼はどこへ向かっているのかというと、この不思議次元の主のいるところ、ってことです。この手のファンタジーではたいてい魔法使いがこういう次元をつくっていますが、ここは神話世界なので、キャスティングは神さまです。
まぁ、神さまも魔法使いも、不思議能力を持っているという点で大差ないと思うのですけどね、ともかくこのフールくんが入り込んだ異世界にいるのは、古くから神話に描かれてきた神さまたち。神話ではなくてなぜか仏教経典の中で語られる神さまたちもたくさんいます。その中の『帝釈天』が、フールくんが飛び込んだこの異世界の主です。
彼はもともとインドの神さまで『インドラ』と言われ絶大な力を持っていましたけど、現代のインドではちょっと影が薄いようですよ。むしろ日本の方が『帝釈天』としてインパクトが強いのかもしれない。仏教の中にいるのに『仏』さまでも『菩薩』さまでもない謎の『天部』親玉です。
何で、そんな風に神仏が混じり合ったり世代交代したりしてしまったのか、ちょと気になるところですが、それよりフール君は、この異世界へ何が目的でやってきたのでしょうか。その目的は無事に果たせるのでしょうか。
ほらほら、あそこ。人間界と須弥山世界の境目をつくる『鉄囲山』の入り口で見張り番をやっている神さまがいますよ。女性の神さまですね。美神ですがちょっと怖そうです。

侵入者など滅多にいないこの世界に入り込んだおまえは誰だ?

はい、ぼくはフールと言います。ここには父もいます。

父?それは石ではないか。

はい、石のなかに父がいるのです。


パンドラよ。
その時、石の中にいる父が喋った。

誰だ?私の名を呼ぶ奴は。

私だ、先の智恵の神だよ。

何?先の智恵の神とな?お前はあのプロメテウスか?私のハニートラップをかわした憎らしい男。

君がいくら美しいとしても、心のない君に私の心は動かせんよ。

何だ?石のくせに心を語るのか。だが、暑苦しいほどに情熱たっぷりだった弟のエピメテウスは私に首ったけだったぞ。

ああ、まったくだ。おかげでせっかく甕に閉じ込めた悪神どもを世に放つことになってしまったよ。

ところがその悪い神さまたちは、パパが食べちゃったんだよね?
と、フールが口をはさんだ。

いや、私が食べたんじゃなくて、私が連れてきた青い鳥が悪いものを食べてくれたんだよ。あの青い鳥が世の中に悪神がはびこるのを防いでくれたんだ。

ああそうか、悪をのみ込む正義の味方!それが『エルピス』つまり希望だってわけだね。青い鳥を見ると幸せになれるって言い伝えは、パパが残したの?

いや、・・・それはちがうな。

はっはっはっ。幸せどころか、とんでもない茶番だったよな。何も知らずに嘘を吹き込まれていた私は『原罪をもたらしたパンドラ』という汚名を着せられたまま歴史の悪神となってしまったけど、世の中は『パンドラの甕』どころかもっとひどいことになってしまったからな。

そうさ、本当の悪神は鳥に食べられたあいつらでもお前でもなくて、当時の天帝、つまり私の伯父だったって話さ。

え?そうなの?

ある意味神々の黒歴史というやつは、この天帝によって生じたのかもしれんな。

おまえの

だって、天帝というのは、この地球をつくった張本神でしょ?自分の子供みたいな存在を破壊しようなんて、そんなことあるの?

そもそも当時の天帝は、この地球をつくった神ではなくて、創造主の大帝から地球を簒奪していたんだよ。

そうなんだ・・・

まったく呪われた暗君だったな。

ところでパンドラよ、エレンコスは元気か?お前と弟の間にできた純粋な血筋の神だが。

それが・・・消えてしまったんだよ。どうやら人間界で結界を守っているやつが、うっかり結界の扉を開けやがって、その時に人間界に入ってしまったらしい。

ああ、あのおねえさんなら・・・うっかり開けちゃいそうだね。何も知らないみたいだし。

そうだ、知らないのがいけない。守護者はその責任を自覚しなくては。

結界の扉はどのくらいの時間空いてるの?

地球の時間で一時ほど・・・二時間くらいだろう。

それならまだ間に合うね。僕が戻ってエレンコスくんを連れてくるよ。

いや、エレンコスは男じゃなくて女だから『さん』だよ。しかも犬に変態しているし。


ねぇ、おばさん。

何?この私をババァだと?

いやいや、ちがうよ。お婆さんじゃなくて叔母さん。だって僕の叔父さんの奥さんだったから、そう呼んでいいでしょう?従姉のエレンコス・・・さん?う~ん照れるな。従姉だからかしこまらずに愛称でいいよね?ぼくがエレンをつれてくるから、戻ったら昔の話を聞かせてくれる?大帝とか天帝の話。

気色の悪い話だぞ。

僕が日本にたどりついてようやくパパと再会するまで、いろいろな人間の国を回ってきたんだけど、人間から見た神さまって謎が多すぎるんだ。神さまとか悪魔とか、人間の心を支配する僕たち神族って一体どういう存在なのかよく知りたいんだ。

パンドラは知らないことも多いだろう。私も一緒に語ってやるよ。

うん、じゃぁとりあえずエレンの救出を始めるね。
そういってフールは来た場所へ戻っていった。
つづく
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