フールの秘密

フールのいとこはウィルさんのペットになっていたらしい。

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ウィルさんは仕事が終わった後、ペットの待っている自分の家にフールを連れていくことを約束した。寝袋を背負って歩き回っているバックパッカー少年を、布団の中でゆっくり休ませてあげたいという優しい心遣いも彼女にはあったのだ。

 

ウィル
ウィル

主人には実家に泊まるよう家族に電話で伝えておいたから、家では遠慮しなくていいわよ。

フール
フール

ありがとうございます。

まさかうちの人に『神さまを連れて行く』などとは言えないよな。

と思うウィルさん。かといって『バックパッカーを拾ったの』とも言えないウィルさんだ。ただ『遠方からやってきたワンコの飼い主を家に泊めるから』とだけ伝えて、自称『神さま』の不思議くんが自分の家族とかかわらないように配慮した。

 

ペットのワンコは数年前、突然編集室に現れたのだが、確かにいつ入り込んだのかわからない不思議な迷い犬だった。編集室には人がたくさん出入りしているので、誰かが扉を開けた時に外から入り込んできたのだろうと皆が思い込んでいたのだ。

すぐに飼い主が現れるだろうと、名前をつけずに『ワンコ』と呼んでいたのだが、いつのまにかそれが名前になってしまっていた。

当然ながら警察にも届けを出していたが、飼い主がみつからないまま、保護したウィルさんがずっと世話をしていたのだ、というようなことを彼女は家に向かう車の中でフールに説明した。

ウィル
ウィル

さぁ、家に到着したわよ。

ウィルさんの家に到着した少年神さまと、ウィルさんの帰りを待っていた犬神さまは、しばし互いの顔を見交わしていた。

何もしゃべらない。だが、表情がいろいろ変わるので、会話をしているだろうということは見てわかる。石の表情はわかるはずもないが、たぶん一緒に会話しているのだろう、時々光を放っている。彼らは自称神さまなのだから、人間と犬と石であっても神さまの言葉で会話ができているのだろう。

ウィルさんはちょっと寂しさを感じたけど、迷い犬の飼い主・・・いやいや親族が現れてしまったのだからお別れである。それが道理だ。しかたがない。

神さまの世界に向かうためには、編集室まで戻らないと扉は開かないのだ。それは明日にしよう、ということでウィルさんは、少年に食事と寝床を用意した。ワンコにも、大好物のワンコフードをたっぷり与えて、ていねいにブラッシングもしてあげた。

少年は感謝して『おねえさん』じゃなくて、ちゃんと名前で『ウィルさん』と呼ぶようになっていた。

フール
フール

ウィルさん、いろいろありがとう。おかげでいとこを叔母のところへ連れて帰ることができます。

ウィル
ウィル

ところで、ワンコが戻る世界は『神さまの牢獄』みたいなことを言ってなかった?大丈夫なの?

フール
フール

そこは彼女の母親がいる場所ですから大丈夫ですよ。

ウィル
ウィル

そう、じゃぁ無事を祈ることにするわね。

フール
フール

ありがとうございます。

ウィル
ウィル

どういたしまして。お風呂もよかったら入ってね。バックパッカーな旅をやっていたら、いくら神さまでもひどく汚れているでしょう?

フール
フール

はい、ぜひ入らせていただきます。

そうして夜は更けて行った。

さすがにウィルさんは、なかなか寝付くことができずにいた。確かに自分の周りには、やたら不思議な出来事が多いのだけど、それはいつものこと。なぜそうなのか、なんて考えてもわかるはずもないからあまり深く考えることなく受け入れていたのに、あのタロット世界から飛び出してきた自称神さまなる不思議少年は、異世界の冒険を始めるために、明らか自分に会いに来て助力を求めたのだ。

この国には、そこかしこに神さまなるものがいるのだけれど、それは一神教世界の神さまとどうちがうのだろう?多神であれ一神であれ、人間の心の中に住む観念的な『神格』なるものが神さまであるはずなのに、今日出会った肉体を持つ自称神さまとは一体どういう存在なのだろう?

そして自分は一体何者なのだろう?・・・などなど

突然悲鳴が聞こえた。バスルームからだ。

何事が起ったのかと、ウィルさんはバスルームに駆け付けてドアを開けた。

そこには、バスタブで大喜びして悲鳴をあげているフールがいた。

ウィル
ウィル

何事!?

フール
フール

ああウィルさん、これすごい。何?このお湯。塩?温泉?独特の匂いがする。

ウィル
ウィル

え?悲鳴の原因は入浴剤?

フール
フール

気持ちよすぎるぅ~~~。インドで入った温泉みたいだ。メチャ疲れがとれるし癒されるぅ。

ウィル
ウィル

だって、それインドの塩やら温泉成分で・・・

その時ウィルさんは、うっかり裸のフールくんを見てしまった。

ウィル
ウィル

フールくん、あなたって・・・

ウィル
ウィル

えええっ?

すがすがしい朝だった。今日は可愛がったワンコとお別れをしなければならない。

ウィルさんは淋しが込みあげてきたのだが、ワンコがこの世界に迷い込んできたのには、無自覚とはいえ、自分に原因があったらしいし、戻るべき場所へ戻してあげるのだから、それもしかたがないと自分をなぐさめた。

フール
フール

ウィルさん、おはよう。

フールが朝のあいさつをした。

昨晩は、入浴剤に興奮したフールのとんでもない姿を見てしまったウィルさんだったから、ちょっと顔が赤くなってしまった。

ウィル
ウィル

お、おはよ・・・

フール
フール

僕が男の子じゃないって話はナイショだよ。

ウィル
ウィル

ナイショなの?

フール
フール

呪いをかけられて永遠の幼生になってしまったおかげで、僕には性別がないんだ。向こうの世界へ向かうのも、その呪いを解いてもらうためだけど、いつかきっとりっぱな男神になってみせるよ。権力に屈することのない伝説のプロメテウスみたいに。

ウィル
ウィル

そう願っているわ。

フール
フール

ところで、昨晩父から教えてもらったことがあるんだ。実は父というのが、その伝説のプロメテウスなんだけど・・・

ウィル
ウィル

え、え、え~~~っ。なんですって。その石がプロメテウス?あの聖火のために罰を受けて内臓食いちぎられた神さま?何で?・・・ってことは、息子のあなたはギリシャ神話で語られるノアみたいなやつ?

フール
フール

・・・のはずがないでしょ?ウィルさん昨晩見ちゃったんだから。僕には民族の(おや)になれっこないのわかるよね?洪水神話のデウカリオーンは兄さんだけど、彼は半神だからもうとっくに寿命がつきてしまって、もうこの世にはいないんだ。伝説ではパンドラ叔母さんの子だっていう説もあるみたいだけど、それはない、ない。叔母さんの子は、あのワンコだよ。

ウィル
ウィル

パンドラ・・・って、あの諸悪の根源をバラまいた女神でしょ?それがワンコの母親ですって?

フール
フール

そう、父の弟と結婚したから僕の叔母さん。それでワンコが僕のいとこになるわけ。1万歳くらい年上だけどね。叔母さんは、彼女がいじめられないように、犬に権化(ごんげ)させて隠していたらしいよ。

ここでちょっと、この話の背景を説明しておこう。洪水神話は世界の各地に存在する。それぞれの神話から推測すると、ある時期地球に大規模な洪水が起こり、多くの生命が失われたのは確かのようだ。一番有名なのは旧約聖書の冒頭に登場するノアの話で、この生き残りから中東方面の民族がいかに生まれたかが説明されている。

同じように、ギリシャ人にも洪水を生き延びた民族としての系譜が神話に伝えられている。私たち日本人が『ギリシャ』と呼んでいる国家の正式名称は英語表記で『Hellenic(ヘレニック) Republic(リパブリック)』つまりヘレン人の共和国だから、ギリシャ人とはヘレン人であり、ヘレーンの子孫という認識なのである。ギリシャ人をヘレネスと呼ぶのはこのためである。

そのヘレーンというのは、プロメテウスの息子デウカリオーンと、プロメテウスの弟であるエピメテウスの娘ピュラーとの婚姻で生まれたと伝承されている。デウカリオーンとピューラーの母親はパンドラであるという説があるのだが、旧約聖書でノアが原罪の女神イブの子孫であると語られるように、デウカリオーンもまた原罪の女神の子孫であると語られるため、パンドラの子として伝承されたと思われるのだ。

ウィル
ウィル

それにしてもあなたのお父さまはギリシャの神さまでしょ?何でギリシャの神さまが極東の日本にいるのよ?

フール
フール

いや、父はもともとアジアの神さまだったんだ。アジアといっても昔はヒマラヤ山脈までがエリアだったんだね。インドとかイランや、なんとかスタンみたいなステップの国々だよ。デウカリオーン兄さんの子孫が、たまたま洪水を逃れてコーカサスを北に越えたから、肌の白い人間と混血して黒い海(黒海のこと)や白い海(地中海のこと)に住みついて西洋人になったけど、もともと東側と縁があったみたいだよ。

ウィル
ウィル

ノアの子孫はコーカサスの南で繁栄して、セム族だとかハム族だとか言ってるわね。つまりそれと同じような北バージョンのストーリーでギリシャ人が生まれたってことね。

フール
フール

神さまは民族ごとに違う名前で呼ばれるんだ。父はヘレーンの子孫にはプロメテウス、つまり先の智恵の神と呼ばれているけど、別の国では違う名前なんだよ。漢字の国では『天智』の神だけどね。まぁ、この話は長くなっちゃうからいいや、それよりウィルさんの話だよ。

ウィル
ウィル

世界をまたにかけていた大昔のキリストみたいなプロメテウスが私の話を?

フール
フール

大昔、洪水が起こる前の寒冷化した地球で、人間たちが凍えていた時のことなんだけど、前世のウィルさんが天帝の火を盗むのを手伝ってくれたおかげで、人間が火を使えるようになったんだって。それで父が感謝を伝えてくれって言ってた。

ウィル
ウィル

そんな話は、私にはわからないけど・・・

フール
フール

まぁ、前世のことだからね覚えていないだろうけど、父は忘れていないって。人間も訓練すれば過去の記憶にアクセスできるようになるみたいだよ。

ウィル
ウィル

前世の記憶にアクセス・・・?

フール
フール

スマホも機種を新しくしたら、保存された過去のデータを読み込んで自分を取り戻すのでしょう?それと同じだって。人間も記憶を戻せるなら、神さまとは違う形で不死になれるってことだね。

ウィル
ウィル

へぇ~。

フール
フール

それじゃ、僕たちは僕たちの世界に戻ることにするね。ウィルさん連れて行ってくれる?

ウィル
ウィル

ああ、ちょっと待って。はいこれ、温泉気分のバスソルト。おみやげよ。

ウィルさんはフールに手土産を渡した。

フール
フール

やった~。お気に入りの入浴剤だ。ありがとうウィルさん。これって、ウィルさんが運営しているネットショップの商品なんでしょう?

ウィル
ウィル

そう、よく売れてるの。神さまの世界で使えるのかどうかわからないけど、癒し成分たっぷり含んだ入浴剤。匂いだけでも癒されるし、浄化作用もあるのよ。

フール
フール

ウィルさん、ありがとう!

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そしてウィルさんは、フールとフールの首にぶら下がっている石と、今までペットだったワンコを自分の事務所へ連れて行き、異世界へと送り出した。

ウィル
ウィル

「ひらけ護摩」

つづく

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